これは、あの日、あの時。 世界の片隅で起きていた、もう一つの“悲劇”の物語。 ~悲劇のチキン事件~ 皆さん見上げてみてください。あの時計台の屋上。ほら、あそこにいるでしょう。ピンク色の犬が……。 いつも舌をだしているので、だらしなくも見えるのですが、どうしてでしょう、その丸いメガネの奥の瞳は、まるで街の全てを見通しているかのように感じるのは私だけでしょうか。 街の人はみんな、彼のことを知っていて、時計台の番人なんて呼んだりもしています。 さて、彼の一日は、街の目覚めと共に始まります。 眼下を行き交う人々を眺めては、心の中で何かを呟いている。 慌てて角を曲がる男に、「ああ、今日も遅刻だな」なんて。 パン屋から漂ういい匂いに、「今日のは合格だ」と、満足げに鼻を鳴したり。 そう、彼は、この街の一番の批評家、なのかもしれません。 彼がこの時計台を離れないのには、秘密があります。毎日決まった時間になると、あのデジタル時計の下に、どこからともなく食べ物が現れるのです。ほら、今日は暖かいスープのようですね。冬の空の下、彼はご機嫌そうにしっぽをふっています。 ですが、あるクリスマスイヴの夜。特別な料理を期待していたというのに、いつもの時間になっても、何も現れません。 すっかりお腹を空かせた彼は、ふてくされて丸くなってしまいました。 そして20時34分、 街のイルミネーションが盛んに輝くなか、デジタル時計のすぐ前の、何もないはずの空間に、なぜか軋む音が…… 彼が顔を上げると、そこには、男が立っていました。夕方に一度やってきたあの男です。 「グルゥゥゥ……」彼は珍しく男を警戒した様子です。空っぽのお腹が、そうさせたのかもしれませんね。 男は、彼のその丸いメガネの奥をじっと見つめ、まるで長い間探し続けた宝物を見つけたかのように、優しく、それでいて抗うことのでこない声で、こう言いました。 「さあ、おいで」 彼の足元に、光の波紋が走ると、身体が浮かび上がりだしました。懸命に踏ん張ろうとしていますが無駄のようです。 二つの影がゆっくりと光に溶けて……見えなくなる瞬間、彼は見ました。 あのデジタル時計のすぐ下に、黄金のフライド・チキンが現れるのを。 彼が待ち望んだご馳走と、彼を連れ去った不思議な男。この出会いが、やて星の時間を止めてしまうきっかけになるのですが……そのお話は、また別の機会にいたしましょう。
8月23日
これは、あの日、あの時。 世界の片隅で起きていた、もう一つの“悲劇”の物語。 ~悲劇のチキン事件~ 皆さん見上げてみてください。あの時計台の屋上。ほら、あそこにいるでしょう。ピンク色の犬が……。 いつも舌をだしているので、だらしなくも見えるのですが、どうしてでしょう、その丸いメガネの奥の瞳は、まるで街の全てを見通しているかのように感じるのは私だけでしょうか。 街の人はみんな、彼のことを知っていて、時計台の番人なんて呼んだりもしています。 さて、彼の一日は、街の目覚めと共に始まります。 眼下を行き交う人々を眺めては、心の中で何かを呟いている。 慌てて角を曲がる男に、「ああ、今日も遅刻だな」なんて。 パン屋から漂ういい匂いに、「今日のは合格だ」と、満足げに鼻を鳴したり。 そう、彼は、この街の一番の批評家、なのかもしれません。 彼がこの時計台を離れないのには、秘密があります。毎日決まった時間になると、あのデジタル時計の下に、どこからともなく食べ物が現れるのです。ほら、今日は暖かいスープのようですね。冬の空の下、彼はご機嫌そうにしっぽをふっています。 ですが、あるクリスマスイヴの夜。特別な料理を期待していたというのに、いつもの時間になっても、何も現れません。 すっかりお腹を空かせた彼は、ふてくされて丸くなってしまいました。 そして20時34分、 街のイルミネーションが盛んに輝くなか、デジタル時計のすぐ前の、何もないはずの空間に、なぜか軋む音が…… 彼が顔を上げると、そこには、男が立っていました。夕方に一度やってきたあの男です。 「グルゥゥゥ……」彼は珍しく男を警戒した様子です。空っぽのお腹が、そうさせたのかもしれませんね。 男は、彼のその丸いメガネの奥をじっと見つめ、まるで長い間探し続けた宝物を見つけたかのように、優しく、それでいて抗うことのでこない声で、こう言いました。 「さあ、おいで」 彼の足元に、光の波紋が走ると、身体が浮かび上がりだしました。懸命に踏ん張ろうとしていますが無駄のようです。 二つの影がゆっくりと光に溶けて……見えなくなる瞬間、彼は見ました。 あのデジタル時計のすぐ下に、黄金のフライド・チキンが現れるのを。 彼が待ち望んだご馳走と、彼を連れ去った不思議な男。この出会いが、やて星の時間を止めてしまうきっかけになるのですが……そのお話は、また別の機会にいたしましょう。
8月23日